衝動買いには向いていない。

財布を新調しようとしている。

今の財布を使い始めて約10年が経つ。現在の財布は、二つ折りの財布の内側と外側の色が違っている。外側の色変化はエイジングと呼ぶには躊躇う程度にまだらに色が変わっている。
財布を見た人から「すごい色」と一言つぶやかれたり、「何年使っているのか」と尋ねられることもあるが、大抵の人はコメントをすることはない。
おそらく、高価な財布であれば、もっと革が綺麗に「エイジング」するのだと思う。内側と外側の色の違いは避けられないとしても。この財布の場合、変色と共に何かコメントしてはいけないオーラが沁み出しているのだろう。

その前に使っていた財布は5年ほど愛用していた。飴色に変化した財布ではあったが、やはり内側と外側の色は異なり、見た人はコメントし辛い顔をしていた。その財布を買ったとき、世間はまだバブルの尾にぶら下がっており、同級生にはブランド物の財布を使う者もいたが、まだ10代だった私が自分で買える財布には上限があり、また、決して裕福でない我が家では、両親にブランド物の財布を買ってくれなど強請ることはできなかった。

地方のショッピングセンターで手に入れた、シンプルなデザインが気に入った革の財布を高校、大学と使い倒した。手のひらにしっくりと収まるその感じが気に入っていたのだが、経年劣化によりその財布は壊れ、新調を余儀なくされた。
壊れたタイミングでいまの財布に買い替えた。条件は、予算1万円前後、二つ折り、ボックス型のコインケース。それまで使っていた財布の要素をまま引き継ぐ財布が欲しかった。実際に購入した財布は、すべての条件を満たしている。

前回、今回と15年近く同じような財布を使っていることもあり、次も同じような財布が欲しいと思っているが、これがなかなかない。
もちろん、予算を上げれば選択肢は増えてくるが、大して金が入っていない財布に大枚を叩くことに抵抗を感じる。また同様に、周囲の者が手にしているような、派手な財布を持ち歩くことにも抵抗がある。財布をファッションアイテムと捉えることに抵抗があるのは、「金」という生々しい現実を入れ込む道具である、という自分の思い込みも原因の一つかもしれない。

どうにも希望のものが見つからないと諦めていたとき、とある財布と出会った。これまで使っていたものとは異なる、派手な長財布。
希望の条件は揃っていない。自分の手持ちの道具を見ても、明らかに派手である。鞄に入れても、手に持っても浮くだろう。だが、脳裏から離れない。かといって、思い切ることもできない。きっと、使いづらいだろう。そう納得させようとしても、酸っぱい葡萄のごとく虚しさを感じる。

いつか、私はあの財布を手にすることがあるのだろうか。自分には似合わない、使い勝手の悪そうな財布。それも悪くないかもしれない。そう思いながらも、カートボタンを押せないまま、ブラウザを閉じる。
posted by すく at 15:43Comment(0)日記