思い出の上書き保存。

何度も寝返りを打つ。暗闇を見つめる。目が冴える。

不眠は定期的に訪れる。一時は薬に頼っていたこともある。もともと、寝つきが良い方ではないせいか、少しの夜更かしや惰眠を貪り過ぎるとこうなる。とくにこの時期、足先が冷え、余計に眠れない。思い切って起きてしまえばいいのかもしれないが、翌日の予定を考えると少しでも睡眠を取りたいと貧乏性の自分は思ってしまう。

どうせ起きているならと、明日の仕事について考え始める。あれも、これも片付けなければ。すると、忘れていた仕事を思い出す。駄目だとわかっていながら携帯を起動する。青白い光が私の顔を照らし出す。また一段と目が冴える。

ぱっちりと。起きている時よりも少し余計に目を開く。暗闇をじっと見つめる。天井から飛び出す梁の黒い輪郭が浮かび上がる。私はいくつもの天井を見てきた。真っ暗な天井を。生まれてから10年ちょっと、二段ベッドの上から見つめていたプレハブの天井。数年だけ住んでいた団地の天井。はじめての自分の部屋の天井。一人暮らしをしていたアパートの天井。それから何度も引っ越しをし、東京のたくさんの天井を見つめてきた。別に何があるわけでもない。霊感があるわけでもないので、人の顔が浮かび上がることもない。ただ、今日のように眠れない夜、眠くなるまで見つめている。強く見つめれば、眠くなる呪文が浮かび上がってくればいいのにと思う。

眠れない。時間を確認するために携帯を起動させる。青白い光。夜明けは近い。ふと、ずっと昔に会ったある人のことを思い出す。まだ学生だったあのとき。制服、ルーズソックス、自転車。黒板に向かう姿、眼鏡、教科書。体育館、バドミントン、シューズが床を擦る音。河原、花火、人混み。右下を何重にも折った答案用紙を見て笑われたこと。卒業後に会ったこと。抱きしめられたこと。結婚したと噂を聞いたこと。もう二度と会うことはないであろうこと。

こうして思い出すたび、思い出は美化され、更新される。何度もじっと見つめていたはずの天井を思い出せなくなっても、遠いあの日のことは忘れない。チョークの匂いや靴の汚れ、目尻のシワなど、細かなディティールまですぐに思い出せる。それらは、眠れない夜の数だけ、少しずつ形を変え、私の脳に刻まれ続ける。

ぼんやりしていると、寝返りを打つ音がする。あと数時間で、明日が始まる。新しい朝。果たして今日は、何度も更新したくなる思い出を作ることができるだろうか。そっと目を閉じる。
posted by すく at 16:49日記